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序章 第七話「初めての共闘」

Penulis: 鈴谷凌
last update Tanggal publikasi: 2026-04-02 18:29:56

 グレンの宿代を賄うため、二人は平原を歩き魔獣を探していた。ヌールの門付近から移動して少し経った頃だが、辺りを見回しても魔獣の影すら見えない。

 魔獣がいなくては換金用の素材も手に入らない。思うようにいかない状況に、グレンは苛立ちを隠せなかった。

「この辺にはいねえみたいだな……ったく、普段は魔獣なんてそこら中に湧いてやがるってのに」

「ここ一帯の魔獣は、既に俺が討伐してしまったからな……」

 エルキュールは毎日の日課として魔獣を狩っているが、今回はそのことが仇になってしまったようだ。

「クソ……この調子じゃ結構時間がかかりそうだな……ん? お、そうだ――」

 怠そうに愚痴を吐いていたグレンだったが、何かを思いついたように表情を綻ばせるとエルキュールの方を見た。

「なあエルキュール、金は無理でもお前が狩った魔獣の素材があれば、少しばかり譲ってくれねえか? 」

「……結局物乞いじゃないか。それに、もう今日の分はもうすべて換金してしまったんだ」

 妙案を思い付いたかのような顔に、エルキュールは一瞬期待を寄せたが大した案ではなかった。金も素材も無償で他人にくれてやるほど、エルキュールは優しくはない。

「あー……じゃあ、アレだ、魔法はどうだ。ほら、あの……遠くの様子をみたりするヤツだ……何だっけなあ……」

「ビジョンのことか? 悪いが、光の上級魔法なんて俺には扱えない。闇魔法なら多少の心得があるが、他の属性は少ししか使えないんだ」

 簡単にグレンは言うが、上級魔法やその上の特級魔法のような難解な魔法は魔術師などの限られたものにしか扱えない。

 ヌール広場にあるビジョンを発動する魔動鏡はもちろん、その他の魔動機械も優秀な魔法技師の存在があって初めて成立するのだ。

 特にエルキュールは光属性の魔法はあまり得意ではなかった。あまり専門的には知らないが、個人によって魔法の適性はまちまちで、エルキュールの場合は闇と対極の光属性の適性が欠けていた。

「心配しなくても、もう少し先に行った平原になら嫌というほど魔獣と出会えるだろう」

「ホントかぁ?」

 信用しきれていない様子であるが、エルキュールにひとまず納得したグレンは彼の後を歩き続ける。

 その言葉はすぐに現実のものとなった。

「おっ、いたいた……なあ、あの兎型魔獣なんかどうだ?」 

 エルキュールが狩りを行っている場所から、より先に行った平原。グレンはここから少し離れた場所に見える魔獣の群れを指さした。そこは狼魔獣ではなく兎魔獣の縄張りなのだろうか、ほかの種類の魔獣は周りに確認できない。

「構わないが、少し数が多いな……」

 彼らの体躯は小さいものの、数は十体近くに及ぶ。一体の力はそれほど高くはなさそうだが油断できない相手だろう。エルキュールは硬い表情でその魔獣の群れを観察している。

「何言ってんだ、数が多いほうが手に入れる素材も多いだろ? 簡単な論理だぜ」

 よほど自分の腕前に自信があるのか、グレンは鷹揚に構えている。そして、自らの背中にあった大剣を手にした。

 それは見事な大剣だった。炎がそのまま剣を形成したと見紛うほど燃えるような赤い剣身。恐らく、火の魔素を大量に含んだ魔鉱石で鋳造されたものだろう。

 これだけ見ても凡庸な剣ではないと分かるが、それだけではなかった。

 その剣身には魔法術式が刻まれ、柄の方には銃砲のようなものも備わっている。

「ふむ……ただの剣ではないみたいだな」

「ああ、オレは銃大剣って呼んでるが、ただ斬るだけの代物じゃあねぇ。この銃砲から魔法を放つことができるんだ」

「へえ……それは大したものだが、魔法ならただ詠唱すれば放てるだろう?」

「それはそうだが、自分で放出するより術式が付与されたモノを使った方がオレには合ってるんだ。昔から魔法は苦手なんでな」

 放出と付与。魔法には二種類の形態がある。

 自ら魔素を操り詠唱して発動する放出。物体に術式を刻み込み、それに魔力を注ぐことで機械的に効果を発動させる付与。

 一般的な魔動機械や、ヌール広場にある魔動鏡も光魔法・ビジョンの術式を付与されたものである。

「特に魔獣との戦闘では迅速な対応が求められるだろ? オレの技術じゃ簡単な魔法ならまだしも、魔獣にダメージを与えるような強力な魔法を放出する余裕がねえ」

「なるほど。その術式と銃砲を使えば自分で魔素を操る手間が減って、効率的に魔法を使えるわけか……」

 本で得た知識と照らし合わせながら、エルキュールは琥珀色の瞳を見開いてまじまじと剣を見つめた。効率的な構造に感心したというのもあるが、大剣と銃砲が合体したその造形がエルキュールの琴線に触れた。

「ハハ、そんなに気になるか?」

「……ああ、すまない、少し見すぎたな」

 流石に注視しすぎてしまったと、エルキュールは顔をそらした。

「別に構わねえが……つーか、エルキュール。お前、あのいかつい武器を持っていねぇようだが……まさか、忘れたとか言わないよな?」

 グレンの指摘通り、エルキュールの手にはいつも所持しているハルバードがなかった。エルキュールが身に纏っている外套の中にも、彼の得物である巨大なハルバードを収納できるスペースは見当たらない。

「あっ、しまった――」

 エルキュールの吃驚に、自分の考えが当たってしまったことを察してグレンの顔が引き攣る。エルキュールが戦えないとなると、あの大量の魔獣とグレンは一人で戦わなければならない。それを本気で嫌がっているようだ。

「ふ、冗談だ、忘れてなんかない。少し待っててくれ」

「あ……?」

 その様子を見て満足したのか、薄く笑ったエルキュールは意識を集中させ――

「――ゲート」

 闇魔法を詠唱した瞬間、二人の間の頭上の空間にぽっかりと円状の穴が出現した。その穴の中は漆黒に包まれており、闇の向こう側はどこに通じているのかわからない不気味さを漂わせている。

「うおっ!?」

 そこから銀色の光がきらめき、何か長い棒状のものが降り注ぎ地に突き刺さった。見やると、そこには件のハルバードが突き刺さっていた。

 黒の柄に、装飾が施された銀色の刃。斧と槍の役割を兼ねるその武器は、エルキュールも気に入っていた。

「……おい、危ねぇだろ!?」

 状況を理解したグレンが叫ぶ。ハルバードが落下した地点がずれていたら、二人どちらかの頭に突き刺さっていたことだろう。

「ほら、忘れてなんかいないだろう? ……君を見習って冗談を言ってみたんだが、気に入らなかったか?」

「そっちじゃねぇ! いきなり頭上からハルバードを降らすなってことだ!」

「ああ、それは悪かった。だが、これから忘れ物を家に取りに行っていては時間がもったいないだろう?」

 本気で悪いとは思っていないような態度で、エルキュールは地面からハルバードを引き抜く。

「それはそうだけどよ! ……って、ん? つーかお前、結局持ってくんの忘れてたんじゃねえか! なーにが『ほら、忘れてなんかいないだろう?』、だ!!」

「――確かにそれはそうだな。今日は少し忙しかったから、武器を取りに行く暇もなかったんだ」

 任意の空間の二点を繋ぐ闇魔法・ゲート。その便利さに胡坐をかいて武器を携帯することに注意がいかなかったというのもある。

「……はー、まあいいさ。そんなことより、さっさとあいつらを――」

「ギギィー!!」

 グレンが意識を切り替えようとしたその刹那、兎型魔獣の鳴き声が耳を打った。それも思ったより近い。どうやら騒ぎに気づいた魔獣が接近しているようだ。

「ふっ――」

「おらっ!」

 近づいてきていた魔獣に攻撃を繰り出したのは、二人ほぼ同時であった。攻撃にひるんだ魔獣は体勢を崩す。

 続けて二人は目の前の魔獣の額にある無防備に曝された青色のコアを正確に破壊すると、互いに背中合わせの構えをとった。

「ギギ……」

 同朋をやられた魔獣たちはいったん二人に襲いかかるのをやめ、二人を囲うように並んだ。

 二人と相対する兎型魔獣は、その毛に覆われた体に交じり、輝く紺碧の魔素質が不格好に埋め込まれている。魔素質やコアの色から、水の魔素を含む水属性の魔獣のようだ。

 魔獣に人間のような仲間意識があるかは定かでないが、その目は憎悪に塗れているようだった。

「……俺が彼らの動きを止める。その間に攻撃を仕掛けてくれ」

「……ハ、了解だ」

 魔獣の包囲に気を乱されることなく、二人は初めての共闘とは思えないほど手早く作戦を共有すると、エルキュールが上空へと跳躍した。 

「――シャドースティッチ」

 そして滞空したまま小型の矢のようなものを複数生成し、それぞれ魔獣のほうへ放つ。

 しかし、魔獣たちはその矢の攻撃を飛んで躱し、そのままエルキュールのほうへ攻撃を仕掛け――

「グ……?」

 だが、その攻撃はエルキュールに届く前に止まった。エルキュールが特に行動を起こしたわけでもなく、グレンが攻撃を止めたわけでもない。そして、魔獣が攻撃をやめたわけでもない。

 ただ、攻撃を繰り出した体勢のまま、時が止まったかのように魔獣の動きが静止しているのだ。

 その理由は魔獣が跳躍した地面にあった。その地点には、魔獣の影と先ほどエルキュールが放った矢が影に重なるように突き刺さっていた。

「だあぁぁーっ!」

 動きを止めた魔獣に、グレンは次々と炎を纏った斬撃を浴びせた。烈火の剣を喰らい、コアを砕かれた魔獣はもれなく地に伏した。

 水と相反する火属性の攻撃というのもあるが、見事な腕前である。

「よく合わせてくれた、グレン」

 地面に着地したエルキュールは労いの言葉をかける。今回は彼の力があったからこそ、十匹近くいた魔獣を容易く片付けることができたといえる。

「これくらい大したことねぇよ。それより、闇魔法ってのはあんなこともできるんだな。どういう仕組みなんだ?」

「ああ、あれは矢で対象の影を貫くことで動きを止める、という魔法だ」

「ほーぉ、なるほどねぇ……っと、そうだ、素材を回収しないとな」

 エルキュールの魔法に一頻り感動した後、グレンは兎魔獣の残骸を漁り始める。爪、歯、毛皮などを慣れた手つきで採取していく。

 そんな様子を横目に、エルキュールもグレンが斬った魔獣を確認する。もちろん、エルキュールも完全な善意でグレンに同行することを引き受けたわけではない。

 今朝の報道を聞いてから改めて魔獣を調査しようと考えていたので、グレンに協力すれば自分も効率よく調査ができると思ったからというのもある。

 動かなくなった魔獣の体に異常がないか観察する。

「……この個体は……む、これは特に何もないな……」

「何探してんだ?」

 一通り物色したのか、グレンが横から顔を覗かせる。

「この魔獣が操られた形跡がないかと思ってな」

「……なるほどな、アマルティアの連中か。魔獣を操るって話だが、痕跡とか分かるもんなのか?」

 今朝の報道では魔獣の大量発生には、アマルティアの介入の可能性があるという話だ。魔獣を操る能力を有しているらしいが、エルキュールも操られた魔獣が通常の魔獣と比べて差異があるのかは詳しく知らなかった。

「見たことはない……だが、調べてみないと気が済まないんだ」

 魔獣は凶暴化している一方で、鑑定屋のアランが言っていたようにヌールの騎士の数は多くない。魔獣だけでも十分な脅威だというのに、アマルティアまでもこの地に潜んでいるとなれば、警戒をするのは当然のことである。

「……これは……?」

「どうした、何か見つけたか?」

 残りの一匹の魔獣を調べていたところ、エルキュールは何かに気づいたのか動きを止めた。

「――――」

 違和感の正体を探るため、エルキュールは魔素感覚を研ぎ澄ませる。本来は魔素を感じ取り魔法を使用するためのものであるが、応用すれば物体や魔法が持つ細かい魔素の成分を見ることもできる。

 魔獣の操作に何かしらの道具や魔法が使われている場合、魔素感覚を使ってその異物を見つけることができるかもしれない。

「……魔法の術式か? けど、この術式は見たことがないな……恐らく、魔法書にも記述されていない」

 魔獣の魔素に集中したことによりその首元の術式を認識することができたが、エルキュールの顔は戸惑いに溢れていた。

「術式が見えたのか? ……ちっ、オレにはさっぱりだぜ……」

 置いてけぼりのグレンは明後日の方向を見てぼやいた。魔素感覚には個人差があるようで、エルキュールには見えているものはグレンには見ることができなかった。

「俺にもこれがどういうものなのかは分からない。だが、不気味な感じがする……俺はもう少し調査をしてみる、君は手に入れた素材を換金しに戻るといい」

 十体分の素材があれば、一泊するには十分すぎるだろう。この先は危険も多い、知り合ったばかりの人間をエルキュールの個人的な用事に巻き込むわけにはいかない。

「……おいおい、勝手に決めんな、オレにも手伝わせろよ。元々お前に声をかけたのは、アマルティアにも関係してるんだぜ?」

 エルキュールの善意から提案を蹴り、グレンは同行を申し出た。

「……いいのか? 確かに君がいれば助かるが……」

「もちろんだ。お前は随分あいつらのことを気にしてるみてえだし……放っとけないんだろ?」

 そういうグレンの表情は真剣そのものであった。軽薄な印象が目立つが、実はそれだけではないのかもしれない。やはり人を理解するのは一筋縄ではいかない。エルキュールは彼の評価を改め――

「ありがとう、グレン。なら、一緒に調べよう」

 感謝の意を示した。それからエルキュールがもう一度魔獣のほうを見やる。すると、その体は禍々しい瘴気を発し、やがて消失した。

 手掛かりは十分とは言えないが、仕方のないことだった。活動を終えた魔獣は数分で消滅してしまう特徴があるからだ。

「ふう、消えてしまったか……」

「ま、消えちまったならこのままここにいても仕方ねえだろ。もう少し先へ行ってみるか?」

「ああ、そうしてみようか……いや、少し待ってくれ……何か落ちているな」

 先ほどの術式が刻まれた魔獣が消えた跡に、何か輝くものが見えた。エルキュールは手のひらに収まるほどの大きさのそれを拾い、顔の前に持ち上げた。

「石の塊のようだな……何でこんなものがここに?」

 表面に目を向けると何か奇妙な模様が描かれているものの、途中で不自然に途切れているのが見える。

 この塊だけでは不完全さが拭えない。恐らくだが、この塊は全体から欠け落ちた欠片に過ぎないのだろう。しかしこれだけでは、全体がどんなものであったのかを判断することはできない。

 それでも、明らかに自然物でないそれは、この緑の平原には似つかわしくないものだ。元々は遺跡のような別の場所にあったことは確かである。

「んー……こいつが落ちてた場所から考えると、魔獣が持っていたものじゃねえか?」

「そうかもしれない……でも、こんなものに魔獣が興味を持つとは思えないな」

 魔獣に理性などなく、自分たちに敵対するものを襲い、リーベを汚染することしか能がない。奴らにとってこれはただの石ころに過ぎないだろう。

「そうとも限らないんじゃあねえか? こっちを見てみろよ」

「……光の魔鉱石か?」

 グレンが示した塊の裏側を見ると、白い鉱石が石の中から顔を覗かせていた。

 魔鉱石といえば、その内に高密度の魔素を含んでいる鉱石だ。鉱石内の六属性の魔素の中で、最も比率の高い属性の魔素によってその色を変える。火なら赤、光なら白といった具合だ。

 高純度の魔素で構成される魔鉱石はその硬度を見込まれ、精錬することで宝石や武具の作成に用いられることもあるが、加工されていない天然物はその魔素が周囲に漏れ出ているため面倒を引き起こすこともある。

 例えば、魔素を吸収して生きている魔獣を寄せつけてしまうこととか。

「ああ。にしても、あの魔獣がこれを持っていたってことは、元々これがあった場所をたどれば、術式の手掛かりに繋がるんじゃねえか?」

 グレンの言う通り、この石片があった場所に行けば、あの魔獣の術式の由来も分かるかもしれない。

「そうだな。ここからさらに北に行ったところに、古い遺跡があったはずだ。とりあえず、まずはそこに行ってみよう」

「おう、そこにアマルティアに繋がる手掛かりがあるかもしれないなら、行ってみるしかねえな」

 意思を合わせた二人は北に向かって歩き始めた。

 それを後押しするように、昼に差し掛かった平原に風が吹いた。

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